国会でもめていた「外国人労働者の受け入れ拡大に向けた改正入管法」が成立した。日本で働くために外国人がやってきやすくなる。移民を認めてこなかった日本社会が、受け入れる方向にかじを切ったと言われている。キミが大人になるころには、言葉も文化も人種もちがう外国の人たちととなり同士で暮らしている社会になっているかもしれない。
日本は15さいから64さいの働く世代は減っていき、高れい者の割合がどんどん増え続けている。高れい者は若者のように働けないし、病気にもなる。日本が豊かな国であり続けるために、若い働き手が欲しい。
それだけではない。高いお金がもらえるなら日本人の働き手だってすぐ見つかる。それだと会社はもうからない。会社は安いお金で働く外国人を求めている。
法律を作ろうと提案した安倍晋三総理大臣は、「これまでの日本の移民政策を変えるものではない」と説明した。一方、野党や、メディアの多くは「移民を認める政策に他ならない」と反論した。
そもそも「移民」とはどのような人のことなのだろう。
似た言葉に「難民」がある。難民は、国際機関で決められている。「自分の国の中でのふん争や暴力により、国からにげるしかなかった人々」のことだ。国にもどれば、殺されたりひどい目にあうので、世界は助けようと行動している。
ところが、「移民」となると意味が広く使われたり、せまく使われたりしてはっきりしない。「移民政策ではない」と「移民政策だ」と言い合っても、移民の意味がバラバラなのでとても分かりにくかった。
もう一つ、ボクが分かりにくかったのは、「保守対リベラル」があてはまらなかった点だ。
これまで、「移民は日本人の仕事をうばう」、「移民は日本の文化や社会に合わない」といって、反対してきたのが保守と言われる人々だった。逆に、難民も移民も受け入れて、日本人同様の権利を認めようというのがリベラルと言われる人だった。
ところが今回は、保守の自民党の安倍総理が「外国人労働者を受け入れよう」と言い、リベラルが多い野党が「反対」と言ったので、いつもと逆になった。注意してニュースを読むと、自民党の中にも、「受け入れ反対」という国会議員もいた。また野党も「受け入れ絶対反対」ではなく、「急いで決めることに反対」と言っていた。
ボクは外国人受け入れの本当の問題は、移民と呼ぶかどうかではなく、働き手として活用しながら、権利については日本人よりせばめていいのかという点だと思っている。
3年、5年、10年経って日本も変わるだろう。このときキミは日本の都合で、「もうじゅう分だから、家族を連れて日本を出て行って」と言えるだろうか。
外国の人は、日本人と言葉も文化も食べ物も人種も異なる。となり同士で理解しながら暮らすには、時間とエネルギーがいるだろう。トラブルだって必ずある。大人にはできなくても、キミには日本という国変える時間と歴史を書いていくエネルギーがたっぷりある。理想を実現する力がある。キミの世代ならトラブルは乗りこえられる。
ただボクがキミに聞きたいのは別にある。外国人労働者受け入れの理由に、当たり前のように「日本が豊かな国であり続けるために」と書いた。
この「豊かな国」とは何だろう。ものがたくさん買えること、経済が成長すること……。もし、この豊かさを追うことをやめれば、どうなるだろう。外国の人を受け入れた先には、どのような国にするのかという目標がある。今まで通りの豊かさを追い続けるのか、新しい豊かさを見つけるのはキミだ。
【移民労働者を日本に導入すべきかどうかについて、それが引き起こす 様々な効果を考えながら、賛成論・反対論両方の、考えられる複数の考え方を、それぞれについて記しなさい】(2015年度・東京大学の小論文試験。問題は一部省略、書きかえてしています)
この世の中には、たくさんの意見を持つ人が、それぞれの生き方で生活している。相手の話を良く聞いて、相手を認めて、そして自分の意見も伝えて、変化しあって、お互いが成長する。それがよりよい社会を作ることにつながる。
さまざまな意見に出合うなら、新聞が手っ取り早い。もちろん、このページのようにインターネットにも、さまざまな意見が載っているコーナーもある。これから、このコーナーで、さまざまな意見に触れて、自分の頭で考えていこう。
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