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新型コロナと日本政治
2020年07月18日
前田浩智 氏
毎日新聞社 論説委員長
1986年入社。93年政治部。自民党森派(現細田派)を担当し、森官邸、小泉官邸を取材した。政治部副部長。千葉支局長を経て、2014年まで政治部長。19年から論説委員長。BS-TBSの「報道1930」に出演(随時)
政界には「子年は首相の受難の年」と言う言葉がある
「1強」と言われた安倍政治ですが、相当に傷んできました。本日は、その安倍政治がコロナ下でどうなるのかをテーマに話を進めさせていただこうと思っています。
今年はねずみ年ですが、政界には「子年は首相の受難の年」という言葉があります。戦後、2008年の前回の子年まで6回の子年があったのですが、実に5回も子年に首相が交代しています。1948年は、日本はまだ主権を回復する前ですが、2人も首相が辞任しています。子年を全うしたのは84年の中曽根康弘首相だけです。72年には安倍首相の大叔父にあたる佐藤栄作首相、60年は祖父の岸信介首相が退陣していますから、安倍ファミリーにとっても子年はあまり縁起のいい年とは言えないのかもしれません。
では、安倍首相がどんな問題を抱えているかを見てみましょう。新しい元号が歓迎された昨年度前半は順調でした。それが、10月以降は潮目が変わり、長期政権のほころびが目立つようになりました。昨年11月20日には、第1次政権以来の通算在職日数が2887日となり、桂太郎を超えて歴代1位となりましたが、その前後に吹き出した桜を見る会などの問題はずっとけじめがつかないままです。
今年のことは皆さん、まだ記憶に新しいと思いますが、河井元法相夫妻の買収事件がありましたし、東京高検の黒川検事長の定年延長問題と辞職、検察庁法改正案の見送りというものありました。そして、何よりも、新型コロナへの対応の遅れと国民意識とのズレというのが大きく響いていると思います。
政権の終わりが見えてくると、レームダック(死に体)化が進みます。国会議員は「次の人」に関心が向かいがちですし、霞ケ関の官僚は政権が変われば方針が変わる可能性もあるし、そうすると面従腹背のようになって、安倍さんが号令をかけても動きが鈍くなる。安倍首相は難しい局面を迎えていると思います。
4つの危機を乗り越えた安倍政権
さて、今でこそ「安倍1強」などと言われますが、安倍首相は2012年9月の自民党総裁選に再挑戦するときは、負けたら政治生命が終わるのでよした方がいいと、森元首相も出馬を見送るよう働きかけていたぐらいでした。
では、そんな安倍政権がどうして長期政権になったのかについて、少しお話をさせていただこうと思います。
安倍内閣の支持率は、不支持率が支持率を上まわる危機が4度ありました。1つが安全保障関連法の審議のころ、もう一つが都議選惨敗から衆院解散のころ、これは小池さんの排除発言に救われました。3つ目が森友、加計問題で財務省の公文書改ざんなどが発覚したころです。4つ目が、この4月以降ですね。
安倍政権はなぜ長期安定政権になったのか・・4つのポイント 支持率、人事、対米関係、野党
安倍首相が気にかけているのが内閣支持率です。国民の支持をバックにした首相は強いということを、小泉政権を間近で見て、感じたわけなんですね。安全保障関連法も、内閣支持率が不支持率を下回らないうちに法案を成立させたいという意向でした。
消費税を2回に渡って延期したのも、もちろん経済状況を見ての判断ではありますが、内閣支持率への影響を懸念してのことです。支持率を常に意識しながら、奇襲も辞さず衆院解散に打って出るのが安倍首相の基本戦術です。選挙に勝てば文句を言わせないとなります。
人事の側面も見てみましょう。中心的な役割を果たしているのが同志的結合の面々で、その中軸が菅官房長官、麻生副総理・財務大臣、甘利前経済再生担当相という安倍政権をつくった立役者たちです。安倍首相を含めて名前の頭文字をとって「3A+S」などと呼ばれています。「3A+S」に、思想的結合を代表する高市早苗総務大臣や稲田朋美幹事長代行、古屋圭司元選対委員長ら保守派の議員が脇を固める態勢になっています。
こうした人事を重層的に支えているのが、「互恵と緊張」という戦略人事です。二階幹事長とは首相自身が認めているように戦略的互恵関係そのものです。旧竹下派出身で、権謀術数の政治家とみられがちな二階氏に対して、首相は「情の人」と評して気配りを欠かしません。二階氏もこれに応えるように、もともとは党則で認められていなかった総裁3選の道を開いたりしました。首相官邸の幹部も、第1次政権で辛酸をなめた面々が固めています。
今井さんも、国家安全保障局長の北村さんも、安倍さんが権力を失っても、手のひらを返さなかった人たちです。2度と惨めな思いはしないという誓いのようなものが安倍官邸の強さにつながっています。
良好な対米関係も強さにつながっています。戦後の日米関係は従属から対等、そして協調へと変遷してきましたが、米国との関係がうまくいった政権は長持ちすると言われています。ここでは3人の首相をご紹介したいと思います。
一人は、岸元首相です。対等な日米関係を目指した岸元首相は、ゴルフのプレー後にアイゼンハワー大統領と一緒にシャワーを浴びて、文字通り「裸の付き合い」で信頼関係を築き、日米安保条約の改定にこぎつけました。
「ロン・ヤス」の盟友関係をレーガン大統領と築いたのは、中曽根康弘元首相です。中曽根・レーガン会談は12回にもおよび、当時、日米貿易摩擦が火を噴いていましたが、中曽根首相は日米が「運命共同体」である宣言しました。さらに、米の新聞幹部との朝食会で「日本列島を(ソ連に対抗する)浮沈空母にする」とまで述べて、レーガン大統領との信頼関係を強めました。
小泉純一郎元首相は初訪米でブッシュ大統領とキャッチボールに興じ、「戦後最良」と言われるほどの親密な関係を築きました。小泉首相が靖国参拝で物議を醸したときも、ブッシュ政権は「介入しない」と静観を続けました。
では、安倍首相はどうか。トランプ大統領にとって最も親しい外国首脳は安倍首相だろうと言われています。歴史的に親密とされる英国の首相よりも、距離が近いと言われています。ある外務省幹部は「大統領は友達に電話してくるように安倍首相に電話してくる」と話しています。
4番目のポイントは、野党です。憲法で国権の最高機関と定められた国会を構成するのは与党だけではありません。国民の少数派を代弁する野党と対話し、彼らの意向にも配慮するのが与党としての度量であり、民主主義の基本原則です。ただ、その野党の存在感があまりにもありません。
政権批判票が分散したままでは、国政選挙の展望が開けないので、立憲民主党と国民民主党の合流が浮上しました。昨秋の臨時国会では、旧民進党勢力に社民党を加えた統一会派が大学共通テストの見直しなどで一定の成果を上げていました。
しかし、まだ、合流には至っていません。野党がバラバラでどうなるかは、先々週投開票された東京都知事選を見れば一目瞭然でしょう。野党は候補を一本化できず、立憲、共産、社民3党が支援する宇都宮さん、れいわ新撰組の山本さん、日本維新の会が推薦する小野さんの3候補による分裂選挙になりました。結果は、小池さんが366万票。一方で、次点の宇都宮さんでも84万票ですから、小池さんの4分の1にも及びませんでした。圧敗です。
さらに、これは我々も忸怩たる思いですが、メディアの分断という状況も安倍首相のフリーハンドを広げたと思います。
新型コロナで失速する安倍政権 国が危機的な状況では支持率が上昇するのが普通だが・・・
では、その安倍政権がどうして失速したのかを見ていきたいと思います。
もっとも影響が大きかったのは新型コロナ問題でしょう。ダイヤモンド・プリンセスの検疫や、中国をはじめとした海外からの入国を拒否する水際対策などの遅れに対して、後手に回ったとの批判が強まっていた。そこで一気にアクセルを踏んだのが、イベント自粛や学校の一斉休校だったんですね。しかし、これは専門家の意見も聞いていない「政治判断」で、これで大丈夫かという空気が広がった。そうなると、今度は再びアクセルを踏むことに躊躇するわけで、4月7日まで、緊急事態宣言を出さなかった。
そもそも、マスク不足に有効な手を打てない状況が続いていました。4月1日に布製マスク配布を打ち出したんですが、首相肝いりの割には、1世帯に配布されるのは2枚だけ。経済対策の発表前だったこともあり、「他にやることがあるだろう」「2枚のマスク配布で国民の不安は解消されない」などの批判が噴出しました。安倍政権の経済政策である「アベノミクス」にかけて「アベノマスク」などと揶揄されました。
給付金も、最初は「減収世帯に30万円」となっていたのが、これは閣議決定までしたのですが、「一律10万円」に変わった。これで支給開始が遅れました。
そして、国民との意識のズレが一番表れたのが、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、首都圏などに非常事態宣言が発令されて最初の日曜日の4月12日午前9時過ぎにツイッターに投稿された1分弱の動画と言えるでしょう。いかんせん、自粛で追い詰められ、生活の危機に直面している人々のことが想像できていないのではないか、としか思えない「違和感」が満載のものでした。
「全員のんきに家で自粛しているわけではない」「仕事もない、会社が倒産するかもしれない人がいっぱいで、その人たちが見たらどう思うのか」「庶民の生活や苦悩も知らずに政治なんかできない」
安倍首相の投稿直後から、怒りや戸惑いのコメントが相次ぎました。
こんな状況と並行して、河井克行前法相と妻の案里参院議員が公職選挙法の買収の罪で逮捕、起訴されました。広島県の首長や地方議員約100人に合計2900万円を渡したとされるまれに見る大規模買収事件です。
それだけでも自民党にとって逆風なのに、河井さんを重用したのは安倍首相や菅官房長官であって、法相の起用は菅長官の推薦があったと言われている。しかも、昨年夏の参院議員選で案里氏を擁立したのは官邸主導であって、そこに1億5000万円ものお金が党から支給されていて、その巨額資金が買収事件につながった疑いが強い。にもかかわらず、安倍首相は「国民への説明責任を果たしていかなければならない」と繰り返すだけで、具体的には何もしていない。
東京高検の黒川検事長の定年延長問題というのもありました。これは、特に検察庁法の改正が、時の政権の思惑で検察人事が左右される恐れがあるとしてツイッターで抗議が広がったのが特徴でした。安倍政権は、一度決めたことはたとえ批判されても数の力で押し切る政治姿勢を取ってきましたが、それだけのパワーがなくなっているのではないかと思っています。
国が危機的な状況に直面すると、内閣支持率は上昇するのが一般的なのですが、安倍政権の場合はそうなっていないのが深刻なのだと考えます。
流れる「衆院解散」風:ここからの日本政治の注目点
さて、ここからは、安倍首相の任期は今のところ来年9月までですが、これからの政治の注目点は何かという話をしたいと思います。
今、衆院解散が取り沙汰されています。麻生さんが年内の早期解散を進言するのは、自分が2009年の「追い込まれ解散」で政権を失った苦い経験があるからです。
安倍首相はもともと、もう一度、自分の手で解散するつもりはなかった、自分が解散すると、次の人が解散に打って出にくくなるわけで、それはまずいと考えていたと思います。解散すれば、野党がばらばらといっても、今よりも議席を減らす可能性がある。公明党も、コロナの影響で選挙運動がやりにくいので解散に反対している。ただ、解散があるかもしれないというふうにしておけば、半ば解散カードという脅しですが、それをちらつかせておけば、首相としての求心力が維持できるという計算があります。
一筋縄ではいかない「ポスト安倍」レース:ここからの日本政治の注目点
では、「ポスト安倍」はどういう面々がいるのか。まず、首相になるにはどういう条件が必要なのかということを見てみましょう。特に資格試験があるわけではありませんが、これまでの歴代首相の就任時の年齢と当選回数をおさらいしましょう。
自民党の歴代24人の総裁、ここには首相にはならなかった河野洋平さんと谷垣禎一が含まれていますが、総裁に就任した際の平均年齢は64歳、当選回数は9・5回となっています。最年少での就任は、安倍さんが2006年に初めて選出された際の52歳で、その次に若いのが田中角栄さんの54歳となっています。最高齢は初代の鳩山一郎さんで73歳。続いて、福田赳夫、康夫の両氏で、親子でいずれも71歳となっています。
当選回数でみると、歴代総裁の3人に2人は10回以上で、激しい権力争いを演じた「三角大福中」も全員10回以上でした。永田町の出世すごろくを勝ち進んでいくということはそれなりの長い時間とキャリアを要したということなんだと思います。安倍さんが最初に総裁になった2006年以降でみると、当選回数の平均は7・5回に下がります。
安倍さんは当選5回で首相になりましたが、国民的な人気の高い小泉純一郎首相が後見人のようになったこと、さらに北朝鮮の拉致問題があって、その毅然とした主張が国民の間に共感を広げて自らも国民的支持を高めたことなどが上昇気流になったと思います。
さて、では具体的にだれがいるのかを見ていきたいと思います。かつての自民党であれば、最大派閥が次の首相を出してくるということになります。「数は力」ですから。安倍さんの出身派閥である細田派、ここが今、最大派閥になっています。
では、その細田派に首相候補はいないのか、自他共に認めるような人がいれば、話は早いのですが、いずれの方も次期首相にはちょっと距離があるように思います。党内全体に視野を広げてみると、何が見えてくるか。
毎日新聞が6月に行った世論調査では、次の首相としてふさわしい人のトップになったのは、石破茂さんで15%でした。次が安倍さんの10%で、その後は河野太郎さん7%、小泉進次郎さんが5%、岸田文雄さんは2%、菅さんが1%でした。
安倍さんは昨年暮れのBSの番組で、ポスト安倍候補として、岸田、茂木、菅、加藤の4人の名前を挙げました。ただ、安倍さんはこれまで、小泉さんが安倍さんを育てたという経緯があるのですが、自分は明確な後継者を育成することはしなかった。後継者ができると、自分の足場が弱くなると考えたからです。
下馬評が聞こえる中で、野田聖子さんは、18年の総裁選では支持が広がらず、20人の推薦人が確保できず、立候補することができなかった。この状況は今も変わっていません。 茂木さん、河野さん、加藤さんについては、自民党内では「安倍さんもようやく将来世代を競わせ始めた」と言われているのですが、やっとゲートに入ることが許されたような状況ではないでしょうか。
小泉進次郎さんは環境相になって、この内閣は経産省内閣ですから、産業政策が優先され、環境大臣としてパフォーマンスを見せるのはどうしても難しくなるのですが、今は埋没気味ですね。
菅官房長官については、秋田出身で、昨秋ぐらいまではポスト安倍の可能性があるかなと思っていました。しかし、菅さんに近いとされる菅原前経済産業相、河井前法相などが相次いで辞任して勢いが失われる状況になっています。安倍さんとの不仲説も指摘されています。そういう状況の中で、安倍政権を受け継ぐことは難しくなったと思います。
そうすると、安倍政権を受け継ぐ立場から岸田さん、安倍政権を否定し大きな変化を巻き起こそうとする立場から石破さん、この2人を軸に後継レースが展開されると考えるのが順当なところでしょう。
岸田さんは国民的知名度が不足しており、狙いは安倍首相からの禅譲です。ですから、安倍さんとの協調路線をアピールする必要がある。宏池会は本来、ハト派ですから、憲法改正の動きとは一線を画すものですが、岸田派の若手議員に自衛隊明記を柱とする改憲条文案の勉強会を開かせるなど、憲法改正に向け汗をかくということまでやっていました。
では、石破さんはどうしているのか。2001年の自民党総裁選で小泉純一郎氏が橋本龍太郎さんに圧勝したのは、地方の人気が大きく影響しました。どんなに岸田さんが国会議員票で大きくリードしていても、地方で雪崩のような勢いで勝利を続ければ、きっと局面は一変すると考えているわけです。
安倍さんは最近、少人数の会合では、「次は岸田さん」と述べることが多いそうです。もともと、初当選が同期で、安倍さんに逆らうことがない。腕を振るうはずの新型コロナ対策では深い傷を負いましたが、安倍さんにしてみれば、安倍政権の足取りを否定することなくやってくれるのは岸田さんではないかとの判断があるのだと思います。
ただし、2021年9月の任期満了まで引っ張って、そこで本格的な総裁選をやったら、今の岸田さんの知名度では、石破さんに勝てない可能性が高い。細田派と岸田派が組めば、国会議員票で大きく勝ち越せるので、全体で石破さんに負けることはないが、そんな勝ち方では、岸田さんの本格政権なんて夢のまま終わるかもしれない。
それを回避するために、安倍首相が任期満了前に辞任して、党員投票をやらない簡易な総裁選をやるという手も取り沙汰されましたが、東京五輪・パラリンピックが1年延期となり、それは見えなくなりました。
二階幹事長が石破氏との距離を縮め、岸田氏をけん制する動きに出ていることも党内の流れに影響します。菅氏も「岸田総裁」には消極的と言われています。ここから先は、だれが総裁になった方が自分にとって得か、という計算が各議員に働きます。派閥のたがは相当に緩んでいます。それだけ先読みが難しい1年になると思います。
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