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7月 参院選を占う
2019年06月22日
古賀 攻 氏
毎日新聞 論説委員長
1983年毎日新聞社入社。青森支局、東京社会部から政治部へ。神戸支局長、政治部長、大阪編集局次長、東京編集編成局次長、論説副委員長を経て2016年6月から論説委員長。2014年から2年間、TBS系「あさチャン!サタデー」のコメンテーター。
衆参ダブル選挙か?
間際までハッキリせず、揺れた政界。
選挙制度や今後の政局の話を交えながら、参議院選挙に触れていきたいと思います。今朝の毎日新聞に「首相解散せず」と出ていました。参院選の直前まで衆議院の解散があるかどうかはっきりしないのは珍しいのですが、安倍さんらしくもあります。普通の総理なら「参院選直前まで衆議院解散が分からないのはよくない」となりますが、安倍さんはそうならない。自分が得することにはすぐに食いつくので……。
一方の野党は「あの人なら解散しかねない」とビクビク。先日の党首討論でも枝野さんは、安倍さんがカッとして「じゃあ解散」となるのが怖いから平穏に政策論争。野党だから「今すぐやめろ」と訴えてもいいのに、言わない。
ダブル選挙の話は去年の暮れから続いていました。その頃の安倍さんとプーチンさんの会談で「日露の平和条約を2人で結びましょう」という方向が出た。実現すれば安倍さんの大きな得点になるため、これを踏み台にして解散に踏み切るという憶測が広がりましたが、領土返還・平和条約は行き詰まり、解散の相場観が崩れました。
春には安倍さん側近の萩生田幹事長代行が「景気が傾いて消費税を上げられなければ政策の変更なので国民に真意を問うかもしれません」と発言。解散説が政界に広がりました。
「もし野党が内閣不信任案を出したら、解散することはあるか?」と記者に質問された菅官房長官は、普通なら「総理の専決事項なので、お答えしません」と返答すべきところなのに、「当然そうなります」と言いました。いつも発言が慎重な菅さんの言葉だから「これは本気だ」と。衆院選になったら候補者がそろわなくてどうしようと震え上がっていた野党は、今朝の「解散せず」のニュースに安堵したはずです。
日本に国会議員がいない状況をつくる、
衆参の同時解散。
日本の国会議員の定数をご存じですか。衆議院は465人。参議院は242人。合計707人です。議院内閣制の日本は、このなかから総理を選び、総理が他の大臣を任命して内閣を作り、行政権を握ります。つまり国民から直接選ばれた707人の国会議員は、あらゆる政治権力の源泉ということです。
ところが解散になったら衆議院議員465人はただの人。国会を警備する衛視さんは、議員が国会に入るときは深々と敬礼をしますが、解散で議員が議場を出て行くときは、そうしません。解散の瞬間から議員ではなくなっているから敬礼はおかしいという厳格なマニュアルに基づいているんです。
一方、参議院議員は半分ずつ解散しますから121人が議員として残ります。ダブル選挙となったら日本にはこの121人の国会議員しかいない状態が生じます。政治も経済もグローバル化し、国際的な緊急事態が不意に起きるかもしれない時代に、国会議員が121人しかいない状態をつくっていいいか?議論を要すると私は思っています。
複雑で分かりにくい、参議院選挙制度。
参議院選挙とは何か。じつはパッと説明できないほど複雑な制度になっています。
ひとつは定数。任期は6年ですが3年ごとに半数が改選されます。その構成には選挙区選出と比例代表選出の人がいる。さらに昨年の公職選挙法改正で参議院の定数が6増え、選挙区148人、比
例代表100人、合計248人となりました。ただし半分ずつの改選ですから2回に分けて定数を増やすため、今回の参院選では3つだけ増えて、定数は245……分かりにくいでしょう?
次に選挙区の種類の多さ。衆議院の場合、小選挙区の当選者は常に1人ですが、参議院は6人区から1人区まである。さらに鳥取と島根、高知と徳島は別々の県なのに合区としてひとつの選挙区、両県で当選者は1人になります。
比例代表も複雑です。衆院選は政党名で投票し、事前に党が決めた名簿順位上位の人から得票数に応じて当選するドント方式。分かりやすいけれど、候補者は自分の順位が一番大事になり、おのずと党の執行部にゴマをすることが多くなります。たとえ能力があっても「俺はゴマすりなんかしない」という人は下の順位になるなんてことが起こり得る制度です。
一方参院選の比例代表は、政党名あるいは候補者名のどちらでも投票でき、実名投票の数が多い人から順番に当選できる「非拘束名簿式」。ゴマすりの弊害はありませんが、衆院選に比べると複雑です。しかも今回の参院選から「特定枠」という奇妙な制度が設けられました。
参議院選挙を
さらに複雑に、奇妙にする「特定枠」。
参院選の比例代表は実名投票の多い人が当選できるとお話ししましたが、どんなに票を取った候補者より、政党が事前に「この人は別」と届け出た人が優先的に当選する、それが「特定枠」。実名で何十万と得票しても落選する候補者がいる一方で、得票ゼロでも「特定枠」に入っていたら当選するという、奇妙な制度です。
背景にあるのが先ほどの合区の件。「一票の格差を3倍以内に」という最高裁判決に基づき、合区となった鳥取と島根、高知と徳島では、あぶれた候補者が比例代表に回りますが、全国的な業界団体などのバックがない地方の候補者が比例代表で勝ち抜くのは無理。そこで優先的に当選できる「特定枠」が設けられたのです。
そうなると通常の比例代表の当選枠が減ります。当然不満が出る。それならこの際、定数を増やしてしまえと、比例代表の定数を96から100に4増やした。何のための改正なのか分からなくなる一番の理由が、ここにあります。特定枠を必要とするのは結局自民党ですから、自民党による自民党のための制度改革と言って間違いないと思います。
「特定枠」の法律上の説明は「国政上有為な人材を生かすため」です。国政上有為な人物は、「鳥取・島根」と、「高知・徳島」にしかいないのか?ということになります。冗談みたいな話です。
振れ幅が大きく、政権に致命傷を与える。
それが参院選の特性。
参院選は、ある年は完勝、ある年は完敗と、衆院選に比べて結果の振れ幅が大きい傾向があります。衆院選のように政権選挙ではない安心感や、半分改選で国が大きく変わるわけではないという安心感から、有権者がその時々の気分で投票をする構造を生みやすいと言われています。
また、選挙区が広い参院議員は、候補と有権者の結びつきが衆院議員と比べて弱く、与党支持者でも野党系候補に投票するようなことが起きやすい。あるいは選挙区は与党、比例代表は野党と2票を使い分けることもあるでしょう。そうして振れ幅の大きい参院選の結果が総理の退陣に関係するケースがじつは多い。この30年間で6回もあります。
総理大臣が代わるというのは、本来は衆議院選挙の結果としての政権交代であるべきなんです。けれど日本の場合はなぜか参議院選挙の結果、総理が交代することが繰り返されてきているのです。この点は、押さえておいてほしいと思います。
強すぎる参議院。
ねじれ国会では、「政局の府」が衆議院から参議院へ。
参議院より衆議院の方が優越すると言われますが、本当でしょうか。衆議院が民意を直接反映する府、参議院は「再考の府」、「熟考の府」と言われます。衆議院が行き過ぎたり、及ばない面を参議院が補い、じっくり精密に考えて、というのが本来の参議院の姿だからです。落ち着いて議論できるよう任期も6年と長い。
一般に言われる「衆議院の優越」。この原則は3つ。
ひとつは「総理の指名」。たとえ衆参で首相指名選挙の結果が違っても「衆議院の議決を国会の議決とする」という規定が憲法にあります。
次に「予算の議決」。衆議院で通ったものを参議院が否決しても、衆議院の可決によって予算は成立します。
最後に「条約の承認」。外国との交渉の結果で生まれた条約について、衆参で議決が異なっても最
終的に衆議院の議決だけでOKとなります。
この3つの要件以外は衆参は完璧に対等。法律案は衆参両方の可決ではじめて法律となりますから、ねじれ国会では法案が通りません。衆議院の「3分の2による再議決」という手はありますが、いつも使える方法ではありません。
日銀総裁など人事案件では「3分の2」の要件もないため、一方で否決されたら、どうにもならない。かつての福田政権は、人事を民主党にすべて否決されて政権の体力を消耗し、退陣に追い込まれました。
衆議院で内閣不信任案が可決されたときは、内閣総辞職か衆議院解散によって国会と内閣の意思の対立を解消しますが、参議院が首相問責決議を可決しても、参議院には解散の制度がないから、総理は解決方法を持ちません。次の参院選まで3年間待たなければならず、内閣は退陣に追い込まれる。ねじれ国会では「政局の府」が衆議院から参議院に変わるのです。
一人区の勝敗が全体の議席数を大きく左右する。
アメリカ大統領選において、その時々で勝利する政党が入れ替わる「揺れる州」をスイングステートと言いますが、参院選でも1人区の中には与党と野党で勝者が入れ替わるスイングステートがあります。静岡のような偶数区は与野党が棲み分けできますが、1人区は1か0。大きな差が付いて、全体の勝敗感を作る重要なポイントになります。
過去を振り返ると、安倍さんが大敗した2007年、自民党の1人区は6勝23敗、全体では121のうち37議席しか取れませんでした。民主党に対する不評が広がっていた民主党政権の2010年は、自民党は野党ながら20勝8敗。51議席を確保しました。安倍さんが政権に返り咲いて最初の2013年参院選では自民党が29勝2敗、65議席の圧勝。
1人区の勝敗が全体の議席数に関わってくるというのがお分かりいただけるかと思います。
争点は、アベノミクスの評価、
安倍総理の政治姿勢・・・・。
選挙の争点は、「アベノミクスの評価」です。デフレ克服には「流通するお金を増やすのが一番だ、そのためにはバンバン発行した国債を日銀に引き受けてもらう」と異次元緩和をやってきましたが、インフレへの転換は簡単ではありません。お金は余っているので輸出関連企業が円安の為替で儲かる構造はできましたが、本当の経済の実力で日本が上向いているとは言えない。
ただ民主党政権に比べれば経済指標がよくなった。その辺りをどう考えるか。
もうひとつは「安倍さんの政治姿勢」。森友・加計問題のように、都合が悪いものは権力で隠す体質……。安倍政権は人事決定権を持っているため、官僚は官邸ばかり見て仕事をしています。ヒラメ官僚の増加を私たちも実感します。一概に悪いとは言えませんが、官僚と政治家の水平関係が、今は完全に上下関係。弊害が明らかに出ています。
先日の金融庁の問題もそう。専門家に頼んで書いてもらった報告書を「受け取れない」と担当大臣が言う。失礼な話です。その中身の年金問題も本格的な議論がないまま選挙戦に入ろうとしています。
日本の社会保障制度には、確かに持続可能性の厳しさがあるけれど、安倍政権はそれを真正面から受け止めようとしない傾向があります。国民が将来を悲観してしまうとモノを買わなくなると思っているのでしょう。そこで経済成長こそあらゆる問題の解決策だと「成長」を言い続けるため、足元の少子高齢化・人口減少に対して有効な政策を打ち出せていません。
日米貿易も争点となるでしょう。トランプさんは「8月にいい貿易ができそうだ」とTwitterで一方的に書きました。これを見れば、「もしやアメリカへの大幅譲歩は内定済しているのか?」という話になります。
トランプさんの支持基盤であるアメリカの中西部は農家が多く、豚肉などの輸入を増やせと迫っているはずで、安倍さんはどうしのぐか。参院選後に合意したら「有権者をだますのか」となりますから、この話も選挙戦で避けられないでしょう。
選挙後の政局は? 衆議院解散時期は?
そして安倍さんの一番の肝は、やはり憲法改正。憲法の改正案を国民に問うことのできる「3分の2のライン」に、参議院は164で達します。現状は改憲勢力の自公維新の非改選議員が76。ですから今回の改選で改憲勢力が88議席を得る必要があり、現実的には簡単ではない。足りない分は、野党でも自民党と近く、野党では展望がないと思っている人を狙って引っ張ってくると思います。
10月の消費増税も、景気にどれだけインパクトがあるのか注目されます。また、天皇陛下の即位礼正殿の儀があり、即位をめぐる重要なセレモニーが続きます。そして来年は最大のイベントである五輪を中心に世の中が回っていくと思います。
その翌年は9月に安倍さんの任期満了、自民党総裁選。10月は衆議院議員の任期満了。安倍さんは、ここをデッドラインとして憲法改正をどう組み立てていくのか考えていると思います。
また、今回は見送られた総選挙が年内にある可能性も考えておきたい。どこで解散に打って出るのが一番有利か、安倍さんは当然考えているはずです。五輪が終わって「大成功」というムードで解散するという説もありますが、その時期は五輪を軸に動いてきた公共事業や民間投資が息切れし、景気が悪くなる可能性がある。さらに米中の貿易戦争の行方もあり、不透明な状況です。
もし景気が落ち込み安倍さんの任期切れが近づくと解散を打つ力もなくなり、「安倍さんご苦労さま」という流れ解散になりますから、自らの手で解散するなら新天皇の即位で令和ムードが高まる時期、という可能性は十分にあり得ます。
ポイント還元で増税分と同レベルの還元をする消費税対策や軽減税率もあり、安倍内閣の中枢の人たちは後退は、なだらかになると自信を持っています。その意味で消費増税後は解散しにくいとは必ずしも言えません。
安倍自民党総裁の4選は、あるのか。
2020年11月にはアメリカ大統領選。トランプさんが再選すると、あの大統領と渡り合えるのは安倍晋三しかいないという話が、これは冗談ではなく出てくると思います。そうなると、どこかで解散、勝ったら安倍さんをもう1期、という話が出て、2024年9月まで安倍政権が続くかもしれません。
安倍さんがそこまで長い政権をやりたがっているとは思いませんが、安倍さんの周りで安倍さんに引き上げられて有利なポジションにいる人たちが、それを守るために安倍さん再選の推進力になることは十分にあり得ます。
もちろん色々な不透明要素もあります。この先、たとえば二階さんのようないぶし銀の政治家たちが、もし一線を退くと、安倍政権の権力バランスが崩れ、総理を目指すフシのある菅さんと、安倍さんの4選がバッティングする可能性もある。4選という話が出た途端に、そうした思惑が出て自民党が結構おもしろくなるかもしれません。
いずれにしても安倍政権は、このまま立ち枯れていく感じではありません。安倍さんは、色々な選択肢を残しながら参議院選挙後も進んでいくことでしょう。
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